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ヒビヤ セントラル マーケットに込めた有隣堂の思いとは

 

ヒビヤ セントラル マーケットとは

ヒビヤセントラルマーケット内の配置

2018年3月29日に開業した東京ミッドタウン日比谷に、株式会社有隣堂は「ヒビヤ セントラル マーケット」を出店しました。ヒビヤ セントラル マーケットは、これまで有隣堂がショッピングセンターなどに出店してきた、書店の「有隣堂」とは全く異なるお店となっています。ここで「お店」という表現を用いましたが、もしかすると、お店というよりはゾーンとかエリアといった表現の方が適切かもしれません。なぜならば、ヒビヤ セントラル マーケットはいくつものお店が複合してできたゾーンのようなものになっているからです。

実際には、ヒビヤ セントラル マーケットは、眼鏡、アパレル、床屋、飲食店、コーヒー、雑貨 、書籍、イベントゾーンといういくつもの業態が複合した店舗となっています。

 

ヒビヤ セントラル マーケット開業の経緯

このお店の企画は2015年、三井不動産様から日比谷開発の案件として物件をご紹介いただいたのがスタートです。ご存知のように有隣堂はこれまでも、従来の書店を発展させたブックアンドカフェ業態を新宿、平塚などで運営していましたから、当初はここでもブックアンドカフェを提案させていただきました。その後、三井不動産様から同じく提案をされていた株式会社alphaの南 貴之様のご紹介を受けました。南様は業界では有名な方ですが、有隣堂はこれまでファッションやファッション雑貨業界とのコンタクトはほとんどありませんでしたので、南様ご自身やそのご経歴などは存じ上げませんでした。そこで、三井不動産様のご紹介を受けて南様と、今回のプロジェクトのリーダーであった弊社専務取締役の松信が、会食の場を持つことになりました。

その席で南様は「いままでにないお店を作りたい」というお話をされました。「具体的には?」とお尋ねすると「いま頭の中に具体的にイメージできているものは、オープン時には面白くない店になってしまうので話しても意味がない。頭の中にある、ぼんやりとしたイメージを具現化していくので、僕を信じてもらうしかない。」との答えが返ってきました。この会食がスタートとなり、南様と業務委託契約を交わしてヒビヤ セントラル マーケット全体のディレクションをお願いすることとなりました。

松信がこうした結論に至った背景には、昨今の書店業界の動向がありました。本をめぐる環境は大変厳しい状況にあり、日本中の本屋がどうやって本を売っていくか、新しいかたちで本を売ることはできないかと模索しています。その中で、南様のディレクションを受け入れ、今回の店舗に限っては、一度本を捨ててみることで違った景色が見えるのではないか、文化・芸術の街である日比谷で、本以外の新しい商材で新しい文化を発信してみようと、なんでもありの街のようなものを作ったのがヒビヤ セントラル マーケットです。

 

ヒビヤ セントラル マーケットの運営組織の特徴

ヒビヤ セントラル マーケットは、株式会社alphaの南様が全体をディレクションし、いくつかのお店には南様と信頼関係の強いアドバイザーの方々がついておいでです。そのうえで、有隣堂がそれをきっちりと運営して、南様やアドバイザーの方々の思いを実現するという役割分担となっています。

この運営をするということは、決して転貸するとか、運営を委託するといったかたちではありません。いろいろな業種にまたがる複数のお店を、有隣堂自身が運営しています。これまでに運営を経験したことのない業種もあり、定款変更が必要になる場合もありました。また、驚かれるかもしれませんが、運営スタッフはすべて有隣堂が雇用して運営しています。ただ、こうして有隣堂が社員として雇用したスタッフは、アドバイザーへの信頼感で集まっていることもあって、有隣堂に対してロイヤリティは薄い可能性があります。そこで、開発に携わってきた社員も店長として運営にも参画するなどして、今後、運営の中でトラブルを解決しながら、新たに雇用したスタッフに有隣堂に勤務してよかった、ここで新しい事業に取り組みたい、働いていきたいと思ってもらえるようにしていきたいと考えています。

 

各業態の特徴とアドバイザーのご紹介

  •  眼鏡

アドバイザーとして、札幌で眼鏡店 “Fre’quence” を経営しておいでの柳原一樹様(株式会社Remnant 代表取締役)に参加していただいている眼鏡店です。
眼鏡のフレームだけを売るのではなく、検眼機も導入し、実際に検眼して度の入った眼鏡をお作りしたり、そのメンテナンスなどもお受けすることができるお店となっています。

 

  • アパレル

2015年に神宮前に南様がデザインしてオープンした “Graphpaper” というアパレルショップの2号店です。2号店とはいっても1号店のコンセプトは引き継ぎつつも、さらに深淵を進み、品揃えを拡張させた、まるで美術館のような印象でアパレルを販売するお店となっています。
開業してみると、思っていたより女性客が多く、女性スタッフがいなかったので、私自身がこの店の服を着て接客をすることもありました。1着18万円以上の商品は、1冊500円の文庫本を売っている有隣堂としては、かなり衝撃的でしたがいい経験となったと思います。

 

  • 理容室

文字どおりの理容室ですが、理容室というよりは床屋といった方が適切かもしれません。南様が海外のマーケットなどでは普通に定食屋やお店がある横で床屋で髪を切っているのを見て、これは日本にも合うと考えたと聞いています。なお、床屋を作ろうというのは、お会いした時点で、南様が頭の中に具体的に描いていた、唯一のアイデアだったそうです。
お店は昭和のようなイメージを表現するため、外のサインや中の椅子は、廃業した床屋から購入して使っています。また、髪を切るのに使うバリカンなどは、古い卸問屋に南様と松信が訪問して、昭和のころに使われていたバリカンのデッドストックを探し、実際に目で見て買ってきたものです。また、バリカンなどの道具は展示販売もしています。
アドバイザーには、川越市で “理容室 FUJII” を経営している藤井実様にお願いしています。藤井様は、衛生に注力しておいでで、日本で最高の衛生第一の床屋を作って日本の床屋さんが見に来るお店にしたい、とおっしゃっています。

 

  • 居酒屋

新橋の飲み屋のようなイメージの飲食店です。親しみやすいメニューで、リラックスして食事とお酒を楽しんでいただけるお店を目指し、例えば、17時からハイボールとから揚げ1個をセットにした、ハイカラセットというメニューを100円(お通し代が別途発生します)で提供しています。
また、ハイカラセットもそうですが、ご利用いただく際にはぜひ食器にも着目していただきたいと思います。一角の食器は株式会社SUEKI(徳島県鳴門市)のSUEKI CERAMICSという食器を用いています。一つ一つ手作りで、釉薬も一個ずつ手でかけ、特徴的な登り窯で焼いているので、すべて柄が異なります。これも南様と松信が一緒に行って確認したものです。
一角のアドバイザーには、代々木上原で複数店舗を運営されている丸山智博様(株式会社シェルシュ 代表)にお願いしています。

 

  • キオスク

このコーナーは “AND COFFEE ROASTERS” というコーヒースタンドと、架空の運送会社をイメージした雑貨店 “FreshService” 、それに有隣堂を融合させたお店になっています。社内ではキオスクと呼んでいます。有隣堂はその中で文具と書籍、雑誌を売っています。
コーヒースタンドのアドバイザーには、熊本で “AND COFFEE ROASTERS” というコーヒー屋をオープンさせた、山根洋輔様にお願いしています。南様が熊本でお仕事をされる際に、このコーヒーに惚れ込んで毎日通い、今回、一緒にやりませんかということで、アドバイザーに入っていただくこととなりました。
キオスクの看板にも特徴があります。通常、こうした看板はカッティングシートで仕上げることになります。しかし、今回は職人の方にペンキで手書きをしてもらいました。店舗デザインをご担当いただいた方が、子供のころに見たバスの停留所の風景が忘れられず、電話番号の書き方とかも昔を思い起こせるような書き方になっています。

 

  • 雑貨

国内外で発見してきた雑貨類、洋服類を、書籍とともに売るお店で、南様が直接ディレクションされています。雑貨や家具など、ロサンゼルスのマーケットで実際に見たものを、南様と協力しながら買い付けたものもあります。また、先にご紹介した飲食店で実際に利用しているSUEKI CERAMICSの食器も販売しています。
このお店では、南様流に「本屋の再定義」を考える中で、店の周囲に10本の書棚を配置しています。選書はプロジェクトにかかわっていただいた10人の方にお願いしました。書籍なら書店である有隣堂の得意な分野だと思われるでしょうが、アパレルやギャラリーといった業種で、また、スタイリストの方々に選書いただいたために専門性が高く、老舗の総合書店では手配できないものもあり、恥ずかしい思いもすることとなりました。最終的には、南様のお知り合いの、恵比寿にある “POST” という小さな本屋の方に、松信が依頼しご協力をいただくこととしました。
また、この書棚にも苦労話があります。普通であれば、お店を期日までに施工会社さんが仕上げ、確認後、引き渡しを受けるという流れですが、ここの家具などはこだわりが強くて最後の最後まで仕上がらず、最終的には五月雨式に仕上げていくことになりました。ただ、実際にオープンしてみると、この書棚があるおかげで全体の密度を高めてくれたと思います。

 

  • イベントゾーン

アメリカの軍で使われているテントを使ったイベントスペースです。テントを使っているので必要に応じて広さを変化させられるといった特徴があります。
開店時はフランスの建築家、ジャン・プルーヴェ(Jean Prouvé、1901年4月8日 – 1984年3月23日)の作品を展示していました。このイベントスペースは、ちょうど居酒屋の目の前にあり、居酒屋でお酒をいただきながら1950年代の本物の作品(が見られるというのが、違和感を感じつつも、面白い組み合わせになっています。
このスペースは月替わりなどで入れ替えていく予定です。

 

9つの業態を有隣堂が運営することの意味

有隣堂 ルミネ横浜店

これまでご説明してきたとおり、ヒビヤ セントラル マーケットでは9つの業態を、それぞれの業界のアドバイザーの協力を得ながら運営しています。このことは、有隣堂にとっても、また、それぞれの業界の方にとっても、大きな意味を持っていました。

例えば、理容室であれば、アドバイザーの藤井様からは「理容室は個人営業が多く、若い人を採用して育てていくことが非常に難しいが、それが、今回は有隣堂という企業がスタッフを雇用して運営していくということで、そういったことが実現できるようになった。(企業の)社員として髪を切っている、安定した雇用ができるというのは床屋業界にとってもありがたい。」と伺いました。ただ、床屋として商業施設に入った経験がほとんどなく、「精算時の『ポイントカードはお持ちですか?』といった接客、CAT端末・電子マネー端末の操作、レジの開局とかレジ締、といった点は苦労したけど。」とも伺っています(笑)。

有隣堂 アトレ恵比寿店

また、飲食店のアドバイザー丸山様からは、「料理人の世界は厳しく、見て覚えろとか、休日に自分で修業をしろ、とかいう古い体質があるが、有隣堂と取り組むことでそういった体質も変えていきたい。」とおっしゃっています。

一方、今回の開業は有隣堂にとってもいろいろな意味がありました。
例えば、アパレルや雑貨の仕入れ力や販売力は、有隣堂の既存店でも活かすことができ、「本屋の再定義」の中で本と現実の世界が融合するという考え方も、今までにない本の売り方につながっています。
また、飲食店の区画で実際に使用している食器を雑貨店の区画で販売していることも、自分たちで見て、仕入れたものを、自分たちでも使うことで、お客様に安心して、また、自信をもって売っていける、という従来の書店では体験することのできなかったことを、体感することもできています。

9つの業態の開業は、まさに、アドバイザーにおんぶにだっこでしたが、有隣堂がこのような取り組みをした意味はあったと感じています。

 

ヒビヤ セントラル マーケットの真のミッションとは

“Greenlight Bookstore”

ヒビヤ セントラル マーケットは、書店による複数業態の運営という奇抜なところばかりがクローズアップされていますが、会社の真の意思はそこにはありません。
今、有隣堂が目指しているのは「新ビジネスモデル」「既存店の効率化」「流通改革」という3つの波を起こし、その波で書籍ビジネスを存続させるということです。その「新ビジネスモデル」の部分にヒビヤ セントラル マーケットがあるということで、スタッフ一同はこの3つの大きな目的を把握しながら仕事をしています。

松信が常々言うキーワードは「STAY UNIQUE(単一であれ)」「TRY TO BE THE DESTINATION(目的地になれ)」です。そこに行かないとないもの、そこに行くためにお客様の行動があるもの、そういうお店を作るようにと言われています。

“Strand Book Store”(photo by Brianne.sperber [CC BY-SA 4.0], from Wikimedia Commons

書店でも、例えばNEW YORKの “Rizzoli” 、 “STRAND BOOK STORE” 、 “Greenlight Bookstore” など独立系の書店は、元気があり、「ここに行きたい」と思わせるお店を展開しています。ヒビヤ セントラル マーケットが、そういったお店になればと思っています。

もちろん、売上目標というミッションもあります。幸いなことに、開店以降、売上は順調に推移しています。売上としては書店の規模でいうと大きな金額ではありませんが、粗利益率といった収支構造などが大きく異なり、そういった経験も新ビジネスモデルに活かすことができます。

売上以外には「多店舗展開」「既存店への活用」「人材育成」「意識改革」という4つのミッションが与えられています。
多店舗展開というのはヒビヤセントラルマーケットを増やすということではありません。ヒビヤ セントラル マーケットで経験したカテゴリを、UNIQUEな書店づくり、目的地になれる書店づくりに活かし、2番目のミッションである既存店に活用することで、多店舗化していくということです。
また、人材育成では、今回、ヒビヤ セントラル マーケットでは時短勤務制度の女性店長を任命しました。その任命は時短勤務だったからというのではなく、もともとは料理書など実用書の担当だったその人物像が、新しいお店にふさわしいということから任命し、それに応えて大きく成長してくれたものです。
最後は意識改革です。これまで書店は「届いたものを並べ、レジでお客様を待ち、売れなかったら返品する」ということを繰り返してきました。でも、今後、そういったこれまでの書店のやり方は通用しなくなっていきます。その時にどうするかをヒビヤ セントラル マーケットの中で、育ちゆくスタッフとともに考え、既存店に活かして多店舗展開していくことが、ヒビヤ セントラル マーケットの本当のミッションだと考えています。

 

鈴木 由美子 / Yumiko Suzuki

有隣堂店売事業本部 企画開発部 業態開発課所属。

株式会社 有隣堂

1909年、横浜・伊勢佐木町に書店として創業。現在は神奈川、東京、千葉の3都県に37店舗を構える。書籍だけでなく、文房具や雑貨の販売、カフェの併設など新時代に対応した店づくりを積極的に進めると同時に、オフィスや学校、職場をサポートする外商事業や受託業務、カルチャースクール運営など多様な事業を展開している。

本稿は、SCトレンド研究所 所長が企画して2018年4月17日に開催した「流通業界で働く女性のビジネス交流会(女子会)」において、有隣堂様のご厚意により同社の鈴木由美子様(店売事業本部 企画開発部 業態開発課所属)に、東京ミッドタウン日比谷の “HIBIYA CENTRAL MARKET(ヒビヤ セントラル マーケット)” の開業までの苦労話をお話しいただいたものを、編集部が記事化させていただいたものとなっています。