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メルボルンとシドニーで学んだ商業施設づくりの未来 -【八木 陽子 R・B・K】2018.7

 

今、ファッションや食、音楽、デザインなどの分野でオーストラリアが注目されています。幸運にも、この春、オーストラリアで人気の都市、メルボルンとシドニーに仕事で訪問する機会を得ました。様々なところに足を運び、商業施設もいくつか巡る中で、商業施設の未来を感じさせられた事例を紹介します。

 

南半球最大の商業施設、メルボルンのチャドストーン

メルボルンの「CHADSTONE」

先に訪れたメルボルンで印象的だったのが、市内から車で南下して30分ほどの Malvern East(モルバーン・イースト)地区にある「 CHADSTONE (チャドストーン)」という商業施設です。不動産投資サービス会社の Vicinity Centres (ビシニティ・センターズ)が運営しています。

南半球最大のショッピングセンターと言われるだけあり、とにかく広い。端から端まで行くのに専用のバスが通っているほど。そして規模だけでなく、出店する業態も実に幅広い。“シャネル” や “ルイ・ヴィトン” などのラグジュアリーファッションブランドを筆頭に、百貨店の “DAVID JONES” や “MYER” 、スーパーマーケットの“Colse”、“Woolworths”、“ALDI”といったオーストラリアでおなじみの店も含め、500を超えるショップが出店しています。その中には、日本でおなじみの“ユニクロ”や“ダイソー”、“無印良品”も。もちろんフードホールや映画館もあります。

メルボルンの「CHADSTONE」

 

メルボルンの「CHADSTONE」

また、建築的なデザインにも目を見張るものがありました。白を基調とした空間は天井が高くて解放的。どこかの高級リゾート地を思わせるような洗練された雰囲気があり、訪れた人の誰もが心地よく過ごせるに違いありません。今回、日本の商業施設運営企業の担当者と同行したのですが、「世界の様々な商業施設を見てきましたが、クオリティはトップレベル。とにかくすごい」と感心していました。近隣にはビシニティ・センターズ社が手がけるホテルやマンションが立ち並び、個人的には、まるでチャドストーンが一つの街に見えました。

 

 

エコ設計で建築賞を受賞したシドニーのセントラル・パーク

シドニーの「CENTRAL PARK」

次に向かったシドニーでは、オーストラリア最大の利用客を誇る Central Station(セントラル駅)に近接する「 Central Park (セントラル・パーク)」が興味深かったです。積水ハウスとシンガポールを拠点とする不動産会社 FRASERS (フレイザーズ)が手がけた都市再開発プロジェクトで、住宅を中心に商業施設やホテル、オフィスなどを展開しています。

この地区周辺は、UTS( University of Technology Sydney)など複数の大学があることから、学生や教師、研究者が多く集まり、その人たちにとってセントラル・パークで暮らすことは一種のステータスになっているようです。その理由として、このプロジェクトのシンボルである複合ビルの「One Central Park(ワン・セントラル・パーク)」が、最新のエコ設計で世界的に注目されていることが要因の一つに挙げられます。

ワン・セントラル・パークは、2014年に「Best Tall Building Worldwide(※1)」、2015年にMIPIM(※2) Best Innovative Green Buildingにおいて「世界最高賞」を受賞。1,100㎡もある壁面緑化をはじめ、太陽光を取り入れる巨大反射板、電気と温水の自家供給、汚水や雨水のリサイクルなど、環境に配慮した設計が評価されています。

シドニーの「CENTRAL PARK」

このビルの商業施設フロアは、メルボルンのチャドストーンとは異なり、観光客向けというよりは、このビルに住む人たちや近隣の大学の学生たちが毎日気軽に立ち寄れる身近なテナント構成になっています。

シドニーの「CENTRAL PARK」

しかしながら環境デザインが素晴らしい。フードホールや中庭の作りがそれを物語っています。誰もが「おしゃれ」と感じる居心地の良い空間です。

この開発プロジェクトに携わった関係者から「街作りを意識した商業施設を考えることが、今後もっと必要とされるはずです」と言われ、テナント構成のまったく異なるメルボルンのチャドストーンとの共通性を感じ、この流れはきっと日本でも定着するだろうと思いました。

 

 

手本と言われてきたウェストフィールドの退行

メルボルンの「Westfield Southland」

世界の商業施設で必ず名前が挙がるのは「Westfield(ウェストフィールド)」です。テナント構成や環境作りなど、様々な面で参考にしている人も多いと思います。本拠地であるオーストラリアは、さぞ力を入れているだろうと期待していましたが、肩すかしを食らいました。

メルボルンの施設は、近隣のチャドストーンに客を奪われ、週末でも閑散とした様子。地元の人の話によると「チャドストーンが混んでいたら仕方なく行く感じ。たまに家族で映画館に行くくらいかな」と、二番手的な存在になっているそう。

 

メルボルンの「Westfield Southland」(両写真とも)

本社を構えるシドニーの施設も、照明をあえて落として大人の雰囲気に仕上げたフードホールは素敵ではありましたが、それ以外のフロアも含め、全体としては「どこかで見たことがある」という印象で、新しさがまったく感じられずウキウキしません。

ウェストフィールドの退行を感じたと同時に、商業施設づくりは今、世界的に過渡期を迎えていると確信しました。

シドニーの「Westfield Sydney」(両写真とも)

シドニーの「Westfield Sydney」

 

館から街へ、今こそ意識改革を!

日本の商業施設ではモノ消費からコト消費への変化が進んでいます。フードコートから上質なフードホールへの動きに加え、カルチャー教室やアミューズメント・スポーツ施設など体験型のテナントが増加しています。ただ、商業施設の未来を考えるとき、こうした変化に追随していくだけではなく、そのもう一歩先の何かを考えなければいけません。その「何か」が、商業施設づくりの先にある「街づくり」だと考えます。

メルボルンのチャドストーンとシドニーのセントラル・パークは、従来のシステムにとらわれない柔軟な姿勢で、その立地にあったテナント構成や環境づくりなどを行い、街の中に商業施設をはめ込むのではなく、商業施設も一体となった一つの街を形成していました。

わが国でも三井不動産や東急不動産など、街作りを意識した商業施設づくりを行っている例が見られるようになってきましたが、これからはその意識をさらに強化し、拡大していく必要があります。商業施設づくりが過渡期を迎えている今だからこそ、商業施設づくりにとどまらない、街と一体化した商業施設づくり、言い換えれば「街づくり」の実践に向けた意識改革が必要です。

そうでなければ、商業施設の未来は切り開けないと考えます。

 

八木 陽子 / Yoko Yagi

ファッションエディター&ライター、マーケティングディレクター。
雑誌「装苑」(文化出版局)の編集を経て、ニューヨークに渡る。帰国後、出版社などに勤めた後にフリーランスへ。現在は編集業だけでなく、株式会社R・B・Kにてコンサルティング業にも携わる。
専門分野は東京のファッションと商業マーケット。手がけた書籍は「ミナ ペルホネンの時の重なり」「ラ・フルールのコサージュ」(共に文化出版局)、「TOKYO STREET STYLE」(2018年春発売、ABRAMS)など。

 

※1:「Best Tall Building」・・・高層ビル・都市居住協議会(Concil on Tall Building and Urban Habitat(CTBUH))が実施する世界的な建築賞
※2:MIPIM・・・不動産業界関係者が注目する最も大きな世界的式典のひとつ